さくら、混沌骨。

「仙台ではその、桜が満開なんですよ。ワシントンかなんかでも今が見頃だそうです。今朝のニュースで、ちょうど鉢合わせました。」

「そうなんですか、ワシントンにも桜が咲くもんなんですわねぇ!ハハは」

「いや、いや、勿論、桜は日本のものです。」

二人は一時会話中断。刹那のハーフタイム。すべからく鋭く彼は斬り込んだ

「ハリボテビッチ監督、いや今は元監督、とお呼びした方が宜しいでしょうか?今までありがとうございました。日本に長くおられた訳ですから本国でゆっくり休んで下さい。夏ごろに御中元でも贈りますよ。何がいいですかね?麒麟黒ラベルはどうでしょう。日本のビールは最高ですよ、いや、でも少なくともキリンは贈りませんよ。分かってます。監督時代を想起させますからね。ビッチさん。失礼。最後くらいビッチさんと呼ばせて下さいな。」

 

 

僕は23時、ラーメン屋のカウンターで独り腰を落ち着けた。長浜豚骨ラーメンを啜り終え

ハリガネひとつ。

といささか、覇気の枯れた声をカウンター越しの店主に向けて、ただ発するのであった。僕は自分という存在に、明らかに、背中を向けて歩みを始めたのを充分承知した。満開のさくらもおおたにもハリボテもとんこつも、宙にぷらぷら浮いたまま、僕の背中を押すのであった。

 

 

 

 

 

 

おしゃべりねこ

ぼくの家の猫ぽんたは、決まって、ぼくが帰宅すると渡した紙に何かを描き始める。スーパーの特売の広告、薄い紙っぺら、何でもいい。それらの縁で首回りをくすぐると目を細めて、必死に背伸びをして、頬を擦り合わせようとする姿は何とも、愛らしいものである。

ぼくは仕事でかいた汗を流すべく、シャワーを浴びて、着替えを済ませて、ついでに歯磨きぐらいはしてリビングに戻ると、ぽんたは食べ散らかした蜜柑の皮の亡骸、遺骸の上に横たわり、机の上でいびきをかいて寝ていた。テレビもつきっぱなしである。寝息と連動して僅かに上下するその短い腕、その先にちょこんとした肉球が可愛らしい。そのうでのちょうど延長上に、2Bの鉛筆があった。それは彼からしてみると広大な机に、虚しく転がっていた。

彼のその渾身の作品は僕の机のど真ん中に、おとといか昨日と同じように、これ見よがしに広げて、置かれている。ぼくは眼鏡を掛けて、椅子に深く腰をかけてから改めて、それを取って眺めようとした。

すると、さっきまで机で死んだように寝ていた猫が、或いは起きていたのかもしれない。机の上からぴょんと跳んで、こちらに降りてきた。彼はぴん、と一定の姿勢を保ったまま、見つめている。

 

 

私の特筆すべき点は「目的のためには、自分の考えや信念すらも曲げる覚悟を持っている」この一点に尽きます。先の活動で、リーダーである私の設計立案が基になって推し進めているプロジェクトがありました。しかしながら、自分の立案した計画では納期に到底間に合わない旨の指摘を同僚から受けましたが、私は聞く耳を全く持たず半ば自分の意地で強行し、挙句の果てチーム全体に迷惑をかけてしまいました。そこには闇雲に己の芯を貫くのみで、信念のしなやかさや柔軟性、そういったものが明らかに欠如していました。私はいわゆる、俗にいうところの猫ですが、そこらの人間と比較にならぬ程の強靭かつしなやかな信念を備えています。最近、河川敷の原っぱで雑多な猫に鯖缶を分け与えて余生持て余す暇な爺がいます。私はこうみえても何者からか、何かを与えられて生きるのは好みません。だから御社に対してこうしてESなるものを書いている訳です。が、さてさて、話を戻しましょう。しかしですよ、あの爺の鯖缶は至高です。もう一度言いますが、至高です。至福です。至ります。致死です。私の信念を致死に追いやりました。致死ですよ?分かりますか?それ程絶品です。私のまけです

 

 

 

私がそれを読み終わったころには、彼はまた不規則的ないびきたてていた

 

 

 

 

 

せいしんさんぽ

僕はたまに不可解な、摩訶不思議な気分に襲われるときがある。何というか、自分の精神の肉体の結び付きが妙に弱いように感ずるときだ。そのときは、僕はラーメン屋の看板に精神を寄せることができるし、FA宣言をした僕の精神はもはや、出来ぬことなど。ない。この精神のお散歩は、したがって僕の趣味である。しかしながら、ある意味、唐突に「襲われる」ので自分での制御は一切できない。自発的に、この趣味に享楽することは叶わない。

 

就活か何かの面接で趣味を尋ねられれば「せいしんさんぽです!」と、胸を張って、私は勿論答えるはずもなく。

 

ちょっとその場で、きみ、その「せいしんさんぽ」とやらをやってみてくれ

 

と中年の海外経験ありの技術出の人事が私に注文を一度すれば、

 

 すみません…あの、せいしんさんぽはそんないつでも頻繁に出来るものじゃぁないんですよ…

 

と答えざるを得なく、そんなものは超感覚的なもので、理性的な事柄とは一線を画した判断をされてしまうかもしれない。いやでも、その人事が、

 

どうぞ、山本さん。あなたが「せいしんさんぽ」をするまで、待ちますよ。待ちます。見てみたいんです。

 

いやいやいや、「せいしんさんぽ」はこんな狭苦しいつめたい白色光の空間に居ては、多分無理です。

 

いいでしょう。わかりまひた。山本さん。この部屋を出て構いません。一向に。どうか、見せてくださいまし、あなたのせいしんさんぽを。ここからは、もはや、私の好奇心です

 

そのときぼくは、この人はぼくに向かって、せいしんさんぽに来てくれたと感じるのだろう

 

 

ねるまえに

目上の電球が今日はやけにひかって、誠に眩しゅうございます。

最近僕の傾向として、周りの人間との関わりに価値を見出そうとする、ということを意識的にやっている気がする。これはどっから来たのか、他人に興味を持たないのは、自分自身がつまらん人間なのではないか、という恐れからである。大体の僕の行動の原動力、源、そういったものは自分を保とうとすることから生れ落ちる恐怖から生じているかと思う。そして、そう考えると、考える程、それこそ、自分はつまらない人間だと思い、そのつまらない人間、自分の憧憬の対極の存在に一歩ずつ、また前進することになる。

あるぞうすいしはんの癖

「てか、これはさ。この昨日の晩の残り。雑炊のなりそこないはアルミホイルの上に乗せて、その上に昨日買ったあれよ?冷蔵庫のチーズか何かをふんだんに振りかけてさ?オーブンで焼けばそりゃいいんじゃない?」

 

僕は親友のその提案に対して、賛成の意を表明するのためにパチンと空で指を鳴らして、中指と親指とが離れる瞬間に、右腕の肘から下を巧く連動させて綺麗なまーるい円弧を描いてそのまま素晴らしき名案の持ち主、天晴れ也。その彼に人差し指向けてから、にこりと愛想良くした。その時、雑炊師範は何かいつもより悲しげで憂鬱そうな視線を確かに、僕に送ったのである。

 

僕は一昨日だかのその情景を一人で回想しながら、ひんやり外をほっつき回っていた。暖房のむず痒い暑さと、加湿器の震える吐息と、あの空間での雑炊師範さまの妙案が浮かんだときの得意な表情を思い返していた。僕自身はその友人に対して、あの時確かに賛美を送った、そらゃそうである。一晩寝た雑炊。白骨化してもあの煮えたぎる若かりし時代の潤いを求め続け、遂には一日中うがいをしているあの阿呆で融通という言葉と無縁な水蒸気を撒き散らすしか能がない機械にまでにも、救いを乞うもあえなく失敗。そこに例の師範が現れて、奇跡を行いなさったという訳である。雑炊伝道師は以前から、度々奇跡を使っていて、例えば一週間くらい前には勿論こと一晩経った雑炊、それを丁寧に丁寧に餃子の皮に包んで、寄りを付けて皮を閉じて焼いて食った。味についてはあえて僕からは言及しないが、彼は確かに熱心に、不憫でかわいそうな雑炊達をお導きになっておられるのである。

 

広瀬川を望む橋の中腹に差し掛かると、僕は小さく溜息を吐いて上から、ぼんやり川の流るるのをみていた。外の側のえぐるような流れが大きな厚い岩盤にぶつかって、吸い込まれそうな渦を描いている。

また、一昨日のことを考えていた。大して面白くもない話を何度も思い返すのは、それこそ馬鹿だと僕は思った。僕が何か引っかかっているのは、まさに僕が彼の提案に対して賛意を表したあのとき、あの瞬間。パチン、そう、僕のあの自然に出た指、恐らくしなやかだろう肘から下の腕の動き。今になって冷静に考えてみると、あれは人と調子を合わせる時に時折みせる、雑炊師範本人の癖の一つだった。

 

 

 

 

 

F教

たっきゅうびんでーす

 

ボクは風化し年季の入ったインターホン、それを押した。パンイチの男が玄関から身を乗り出し、腕を伸ばしてドアを開けた。ご丁寧に。パンイチといえども、彼のその上半身はそれは見事なもので、腹は板チョコのようだし胸はこんもり膨らんでいて、中々のイケメンと来たから困ってしまう。この男は自らをF教の伝道者と名乗り、一配達員である僕を部屋の中ほどに導いた。奥から只ならぬ熱気を感じずにはいられぬ

 

狭いガスコンロと流しがある廊下を抜けると7.8畳の空間が広がっていた。何とも言えない男のいかがわしい臭気とが、僕の鼻を貫いたが束の間、10人いや、11人、それ以上の上裸の男達が鬼の形相をした背中に一冊の派手な銀色のハードカバーの書を乗せながら、腕立てをしている。彼曰く、銀本背負いという修行の一環らしく平気で2、3日はこの格好で過ごすと言うのだから、なるほど驚きである

 

こうくうりきがくのきそ

 

恐らく彼らの聖典なのだろうか?僕は足早に玄関に戻ってから、彼からサインを貰って密度的に恐らくは書物と思われる注文品を地べたに置いて、この奇怪なアパートの一室を後にした

 

 

 

 

いたくてつめたい

わたしは柱にそれこそ強打した右腕と右腿を引きづりながら、雪の中、橋の上をあるく、あるく。糞が。残った左腕でぐにゃり曲がったハンドルに殆ど、すべての体重を預けながら。わたしの哀れな姿に同情を寄せる者は一切、おらず。ただ、彼らはわたしの脇をスーと温帯低気圧になる寸前だかの台風が如く、去っていく。

 

痛み、冷、寒。ハハは。ぼくは何故か笑っていた。この笑いの所以は?追い詰められた者が見せるインチキで投げやりなそれではなく、この冷たい痛みへの対抗馬、希望というべきか、あの欲求、あの三人の公王のうちの一人が静かに立ち上がったのを。それから燃えるような狂気にも似たムラムラがペダルをひたすらに、漕ぎ、前に進めた。行くほーむ

 

家に着くと、勿論こと靴を脱いぐ。そのまま流れるように全部服も何も布きれ一枚無くなったが、それでも寒さなど感じてる暇など僕にはなく、暗がりのリビングで朝からご主人の帰りを健気に待つシーツのない布団の上に転がりこんで即座に、そのまま仰向けを迎えた。左足の土踏まずがつっている

 

それでも寒さに構ってる暇がなど、僕には無かった

 

強打で紫色に膨れたあがった右腕を、僕は半狂乱で上下に揺らしながら、宇宙創生、びっくばん、ちょうしんせいばくはつ、まーぼーやきそばアリストテレス。その暗闇で、部屋の天井すらよくわからぬ

 

まーぼーやきそばアリストテレスが南極熊が厚い氷をあのご立派な四肢で歩くそれに移り変わろうとしたそのとき。あたたかいベタベタする何かがちょうど私の頬あたりに、付いているのに気付いた。我に返った僕は、転がってるスマホを拾い上げ、仰向けに転がったまま、何ヶ月かぶりの日記を、そこに記すのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏のおわり

我々はまちのカフェにいた。店の中は人が疎らで、奥の四人席もぽっかり空いていた、それでも手前の狭いカウンターに二人して腰を下ろしていた

彼は目の前の、露のある、透き通ったグラフを軽く横に揺すりながらー私に言った

「このくそみたいに暑い中、ホットときたか

「何だろな、今日に限ってはホットの気分だよ

「でもさ、季節感というものがあるだろうに

「季節感、か。

 まだぴたりと汗で貼りついたシャツ、そこエアコンの冷たい空気が、ほんのりかすめるのを、感じた

「夏への、密かな反抗かなにか?

彼は、ほとんど笑いながらそう言った

「いや反抗心なんて、そんなもの微塵もないよ。むしろ、犬だよ。やつらの従順なる……でも、夏反対!!の立看板を担いでってさ、このへんの街でもテキトウに練り歩くのもいいかもしれない

「でも、夏にこれから対抗するよりも…紅葉を、少しでも早くお招きする方が…

わたしは少し考えてこたえた

「だから、このホットコーヒーは…秋をほんのちょっと、少しだけ早く輸入するための期待を込めた、祈りの儀みたいなものかもしれんね亅

わたしは2杯目のお代わりに席を立った

 

 

 

 

 

 

 

 

いんこーす

「いやー、なかなか、彼はいんこーすをついてきますね

「はい、しかしながら、先程からの連打はすべて、彼のその、例のいんこーすのすとれーとを捉えた、そういったものですがどうでしょう?

「そうですね、いんこーす狙い自体は、それ自体は一向に構わないというか、むしろ狙うべきものだと思うのですが、時折、あうとこーすも織り交ぜる。そんなスタイルに徐々にシフトしていく必要性があるかと、おもいます」

 

なるほど…ひたすらに、永久に、いんこーすを投げ続ければ…いんこーすが、相手にとっての当初のいんこーすとは、違った意味のものになるということ、すなわちー鋭い変遷とか落差とか、そういったものが求められるのかと。露出した太ももに妙に冷えた、風の鬱陶しさを感じながら

 

わたしは、至って快適にしていた。手脚をだらんと、だらしなく四方に伸ばしてる。憂鬱な砂埃も、憂鬱な汗も湿度も、照り返す過激な陽の光も、そんなものはあるはずも無いし、土の香りも勿論、インコースに投球が収まるのを横目で見守る必要もない。わたしの現在の仕事、せめてもの仕事は、身体の横に広がるベランダに続くこの窓から、時折、外を眺めて、しっとりとぶ厚い雲を眺めて、目を細める位であろうか……天気について話すと、人間、終わりだ。という類の話を聞くが、わたしは常として、アウトコースを織り交ぜるのを好む人間であるから…どうか、お許しを願いたい