みえないものに捻じ曲げられること

わたしくしのおしりあいは会話のアタマに

いや、全然関係ないんだけどさぁ

というフレーズを必ずや持ち込む訳で、それは彼の癖というほぼ無意識から来るものだと思っていたのだけれど、最近というのも、実はそれがかなり意識的に、狙い定めてアタマに弾丸を走らしていらっしゃるということが判明致しましたので、全然、どうでもええのですが、ここにご報告させていただきたく思います。

関係がないという言葉を使う為には、当然、何かを前提とせねばらず、その彼が前提としていたものは、そこがある一定の意味を持っている社会的空間であるというものである。そしてその社会的空間とやらは、ここで大学の研究室という場で高尚な学術的議論がなされるべきで、日進月歩の科学技術を生み出すためにゃサビ残とかそんな言葉、無限遠方勿論無縁、研究室は不夜城と化し固有結界を形成する助教授が今週殆ど、全くもって可愛い娘さんが待つ家に帰った形跡が見られなければ、わたしの友人が話したがっているbig4のアンディーマレーが全豪をオープンを最後に引退するというお知らせは、そんなものは全然関係ないだけどさぁという、前置きが必要なのかもしれない。と思わせられてしまうのが中々に恐ろしく、また恐ろしい

日曜日のあちらやこちら

いつになく現実からただ逃れたいという気になっている。今のわたしは恐らく、藁にもすがる何たらで、ひびわれたこの賢くスマートで優秀なフォンに文字を書きつけている、血筋が浮き上がり渇ききった亡者であろう。

現実とは何であらうか。この目にみえる毛布とかまくらカバーとかお湯を沸かしてコーヒーを飲むとか、文字を書き付けるだとか、そういう類のことは現実なものだろうか。いや、でもわたしは今ね、何ものから逃れたくてそれらにすがっているのだから、枕カバーもこの毛羽立だちまって全盛期のみる影もない毛布も、彼方側の世界の住人であって。ただわたしにとってコタツは侮れぬ存在である。コタツに脚を突っ込むや、あの忌まわしき研究室のPC排熱の手、あの感触がしたかと思うと、一気に引きづり込まれるのである。奴は侮れぬ、困った。

瞼をそっと閉じる、そして、

何気なく、目の前の光景に申し訳なくなって、なんとなく居たたまれなくなって

彼女は両手を広げた。地鳴り、頬を伝う風、それは何故かこの緊迫した状況に見合わない爽やかな風、その刹那、彼女は、主人公たるやは、例のごとく、のっぺりした大地のその上空、宙を舞った。紛れもなく、彼女がポップコーンのように弾け飛んだのは、この無数の眼を持つ、王蟲様の大行進の最中にいたからである。ちなみに、彼女の名は、ナウシカという。

このとき、王蟲らを前にした彼女は(物語を私自身があまり覚えていなのだが)、何かしらの覚悟を持っていたのだろう。彼女の広げた両腕の意味するところは、王蟲らの人間に向けた怒り、それを受け止めるという意思も、勿論、あっただろうが。

ところで、私は先日、この師走の何たるゴタゴタやかましい時期に、オーストラリアに家族旅行に行ってきた。次、次回、機会があるならどこに行っちゃう?肉まんを頬張りながらぼんやり旅行ブログを漁っている私、あれま、こんな写真がしょっちゅう目に飛び込んでくる訳である。それは一言。ユウダイなケシキをバックにして両腕を広げる人々。そして、例にもれず、私も、私の家族も、ユーカリの薄い緑と無限の空の下、同じように両腕を広げていた。でもそこには、ジャパニーズがカメラを前にすると決まって取るピースサインに見てとれるような、湾曲的で不自然な強制力を感知することはできなかった。

私は、何か、この雄大な揺り籠に申し訳なくて、両腕を広げたことをまだ覚えていた。

 

アリスとお呼び

どうやらぼくは、不思議の国に迷い込んでしまったらしい。今まさにこの瞬間、トンでもない勢いで時間が流れるというか、飛び出す感覚、目の前のディスプレイがふにゃふにゃの海草みたく頼りないし、キーボードの打鍵音も町工場の騒音紛いの加工音とモスキート音を貼り付けたように感じるし、外を走る車のエンジン音もそこそこに馬鹿げてる。あのプリウスですら、今のわたくし、アリス様、の地獄耳からは逃れることは到底不可能なことと、思う。

この今の、現在進行形でぼくに降りかかっている一連の症状らは、つい最近ググってたまたま、偶然知ったのだけれど「不思議のアリス症候群」というものらしい。ネット上をうろうろとしていると、そりゃ、結構な人がこの例の、アリス症候群であることがわかった。そして、そうこうしているうちに、ネットサーフィンしている僕は、アリスになったのだ。

アリスになった僕は、不思議な国に入り込んだ不安とか非日常とか好奇心とかそんなエキサイティングな心境ではなく、一種の、ただの安心を手にしていた。それは、幼少期から悩まされていた正体不明の、時効間際の、売れ残り廃棄寸前の知覚異常に「不思議の国のアリス」というラベルを張っていただき、しかも一生に一度くらいは大多数の人間が経験することを知ったからである。

言葉というものの威力を、心底、感じずにはいられない。よく分からないもの達を無理やり束ねあげて、キツくぎゅっと縛って、しかもそこに近寄ってきた人たちも一緒に巻き込み、そして拘束してしまう。そして拘束されながらも、安堵しているのは異様に不気味な感じガスる。世の人間は、やたら繋がりたいらしい。

御機嫌よう。今日はずっと座ってて脚がぴりぴり、痺れてます

 

どっかの山奥にでも車を走らせて、乾いた木々を集めて火をくべて椎茸の傘を網に乗せて上からちょちょいと醤油を垂らす訳です。秋じゃないすか、それって?なんでこうもね秋って特別扱いなんでしょうか?この人間様の秋贔屓、秋至上主義、秋万歳は未来永劫続いてくんでしょうね、きっと。

でもね、わたしも秋は、多くの人が好むように、好きです。そりゃとても松茸とか椎茸や秋刀魚とか、そういう旬のモノってありますよね?旬の食材、季節のものですね。例えば、秋っていう季節は、我々が心の中で描く秋は、ねアレですよ。まさに秋刀魚とか赤ちゃんの掌みたいな黄色い銀杏の葉っぱとかそういう要素が秋という季節を構成していますよね。何というか、私がどうも腑に落ちないないのが、その秋の要素同士の、紅葉と椎茸と秋刀魚、そういう要素同士も幾らか関わり合いがありそうというか、全く不自然な並びじゃなねというかね、だからある意味不自然な感覚を受けてしまう。何だか妙にしっくりくるなぁと思って、納得してしまうんですな。

じゃあそこに、何でもええんですが仮にアボカドが、秋のその構成要素たりうるラインナップにドヤ顔で鎮座していましたら、ね。紅葉、秋刀魚、アボカドって並ぶわけですよ、秋代表として。秋刀魚、松茸、阿保門ですよ。こりゃイカンデスヨネ。

 

 

 

冷めたやつ

花火とか桜とか富士山の山頂から見た御来光だとか、初日の出とかね、そういうものを大勢の、多くの人間と一緒になってみると、何となく不安になる。

でもこれは単なる、あまり余った自意識からくる不安で、昨日僕が行った大曲の花火大会を例に考えると、周りの全国から集う老若男女や横にいる友人がこの花火を見て綺麗だという言うように、自分もこの闇夜に煌めく光景を見上げながら、心から美しいだとか、そういう類の感想が漏れ出るか、否か。でも多分そんなつまらん事をあれこれ考えてる時点で、あぁと、そもそも目の前の真夏の一大イベントに対して全く集中できていないし、もはやその問いに対する解はほとんど、考えるまでもないかもしれない。

この巨大な円形に広がるカラフルな光をみる、それと同時にこれは沢山の人間によって見られていて、皆各々感想を抱く訳で、そういうオマケ的な観念もちゃんとごっそり絡め取られて、人の熱気陽気が心の中に潤浸してくる。で、結局はトータルして概ね花火は綺麗かもしれんといういい加減な想いを抱きながら、大体満足したと決め込んで、のろのろと高速に乗った。

 

 

 

 

ししおどしのなやみ

涼やかな庭の端で、単調なる動作をその竹筒は受け入れた。

目の前に横たわる自分の使命に忠実なれ、と暗示めいたものを唱えながら己を律する他なかった。

真横の竹筒から渡される冷たい流れを受け取り、ただ耐える。ひたすらにその重みに耐えた後に、屈する形でもう限界です、ぎぶあっぷですよお許し願いましと、崩れて、反動で再び持ち上がったかと思えば、お尻をぶつける天然をかまして、カタンと、渇いた悲鳴をこの庭全体に響かせてやりゃ人様はこれは風流だとか言ってあそこの縁側んとこで、ゆったり流るる時間とやらを恐らくは思って、茶をすすり、目を細めて、さぞ満足気な顔をなさるのである。結構、大いに結構。

鹿威しの使命たるや、それは一定のこの静的なリズムを刻み続ける事である。これこそが人様に風流言わせしめる所以であるわけで。しかしながら、この一定とやらが、明らかにこの深緑の、由緒正しき庭にくっきりと重い暗影をつくっていた。この永遠に連なる等間隔のハードル、一定の動作が、じわりじわりと彼を苦しめた。

一方で、彼は稀代のめんどくさがり、怠惰でもあったから、横筒から渡される水流を受けて閾値に到達したら屈する、というこの一連の動きは単純であり、何はともあれ一切の考えはいらないわけだし、水の重みの奴隷をやればいいわけで、ある意、ほぼ不労所得に似た感覚。そうすれば、人様に風流だと喜んでもらえる。しかしながら、この脳無し阿保の動作の延長上には、一定、定常という地獄に生ける化け物、あれが息を潜めているわけで。彼はそれを考えるだけでも身の毛がよだつ思いがするのである。

そもそもに、何故に、彼はその化け物とやらをこんなにも恐れるるのか?この感情はまさに恐怖である。はっきりそういってよい。これに立ち向かうにはそれなりの覚悟が必要である。あの化け物から逃れるためなら、彼の怠惰などこの時に限っては些かの問題にならず、ズンズン横の獣道の方に、ぼうぼう茂る草木を分けいってまで入って行くのである。

あるとき彼は、意を決して、己の身に恣意的な力を込めて、たしかに抗った。注がれる水の重みに屈してからも、持ち上がるまいと、そのまま歯を食いしばって踏ん張った。彼自身も、これは流石に、流石に風流ではないな、これはと口元を歪めながらも、ここで気を緩めれば、ご存知、いつもの地獄の千本ノック、ばっちこーい、カキーン、おなしゃーす!を永遠、無限繰り返す、そういう繰り返しに身を呈さねばならぬ。

だから彼は、自分の存在価値を放り投げてでも、これをやめないわけにはゆかなかった。

ぐぢゃぐちゃ好き

「そのときは、まだぼくが死んでるときだね」

と大層大昔、そんなようなことを二十年くらい前の僕はそう言ったらしい。母からそんな話をいつだったか聞いた。「そのとき」とは、まだ私が産まれる以前、すなわち平成五年以前の話を指しているのだろう。

今は随分マシになったけどね、とんでもなく馬鹿な基地外児だったとよアンタは、と、母から毎度のごとく聞かされた。母親談、を引用しまくる私だが、いかんせん自分が阿呆で問題ばかりを起こしていたという記憶という記憶が、一切ないので、しかたあるまし。ひとつだけ、現存する私の記憶を訪ねると、酉(とり)年生まれの私が同じ酉年生まれの爺さんからおまめぇはおれににてんなぁあ、そりゃ酉年だもんなぁおめぇもぎゃはははは、と孫の私の顔を見るたび言うもんだから私はどうにか曲解して、いつしか或る時に、自分はとうとう鳥なんじゃないかと、そう思うに至って階段を怒涛の勢いで四つん這いになって駆け上がってから爺宅のベランダから飛び降りを敢行したわたしは、あえなく、重力に屈して、ぎゃんぎゃん鳴いた。その後爺さんが母親から叱りつけられる様子をみてこの世の理不尽この上なき事を、知った。

わんぱくはさておき、ところでわたしは卵かけご飯が好きだった。卵かけご飯さえあれば、この先も、ずっと永遠、何とか愉快にやっていけると思っていた。卵かけご飯が当時のわたしの世界観だった、少なくともそれに似た何かを形作っていたように思う。真っ白なご飯と鮮やかな黄色卵をぐぢゃぐちゃにして、これでもかという程に混ぜて、交ぜて混ぜた。生きるとか死ぬとか、赤信号とか青信号とか、男とか女の子とか、ブックオフとか駅裏の霊園とか、そういうものも、全てがぐぢゃぐちゃの混沌の最中にあったかと、思う。

 

さいさいさいこ

ふと、思い出したからここに書いておきたいことがある。何が引き金になってこの事について思い出すのか、それは全くわからない。

それはわたしの最も、最も最古の記憶である。最最古。最南端の沖ノ鳥島。自我が芽生えた瞬間とはまた違うとは思うが、記憶の中の一番端っこに位置するこの嫌に鮮明な映像は、多分特別なものだと思う。ただ、同時に、今思い出したからといって、慌ててここに記す必要もないと感じる。というのも、一生あの光景をわたしは忘れないと、何たる根拠もないが、そう思う。おそらくは最期の最期に見るであろう走馬灯PowerPointの表紙の背景絵は、どうどうたるわたしのこの最古の記憶、これが描かれているに違いないと、思う。

ありゃりゃ、と。そんなこんなでまた記憶はどっかに行ってしまった。

いやはや、人差し指をゆっくりゆっくり廻しながら、徐々に葉にちょこん、と乗った赤トンボにわたしは近づいていく。今度こそ捕らえられると高を括ったわたしの油断が指先に伝わったのか、人差し指を回す速度がほんのすこし角張ったというか、箪笥の角のように滑らかでなくて不連続な体をなした。あっ、またしたても、やらかした。走馬灯までには

うなじと直線

流石に蝉は食えんだろうと、思いつつも、でも蝉を口にぽいと放り込んでジャギジャギシャリシャリ両顎を上下に、リズミカルに、小気味よく動かすと、特に蛙の唐揚げのような意外性、旨さもなく、節がある角ばってトゲトゲして尖った脚、硬い甲殻とか鱗のように剥がれて細いくなった羽が上顎にひっついたりして、もう私は、お嫁にはいけないかもしれない。

彼女は蝉の音が降りしきるねっとりした或る夜、Monsterを片手に、研究棟辺りをぽっぽらーほっつき歩きながら夜食、いや、野食にありついた。口の中の不快感、この不愉快な夏の風物詩を一気に胃に送り込むべく、右手に持った細長の缶を口元に持っていき、勢いよくそれを傾けた。もう、空、か。そう思ってから、その辺に缶を放って、カランコロンカランコロンとコンクリートにぶつかって甲高い悲鳴をあげる様子をぼけっと、眺めていた。

身体と脳味噌、精神、心とか、この結び付きがこの液体を摂取すると、緩くなるのを感じる。頭で考えた事、そして思慮の末、それに従って身体は動作するが、その感覚が今はほとんど無いといっていいと彼女は明らかに、感じていた。現に、蝉なんて食いたかなかった訳で 、土中7年、その鬱憤たるやを晴らすべくお腹を震わせながら羽をバタつかせてる油蝉を口の中で咀嚼して、気付いたら味覚が訪れ、間も無く嘔吐した。ぐうぇっと。

身体はは見ての通りぴんぴんしているし、でも思考はぼんやり霞んでて、盆踊り、なんたら音頭が頭の中を駆け巡ったかと思うと、今度は伸び縮みしながら、反芻して、忙しない。一瞬とて気を抜くと、口の中でのあの不愉快な感覚が蘇ってたまらん。と思いながらも、彼女は蝉の味、食感など所詮はこんなもんか、この程度ですか、と、思わなぬ訳でもなかった。

彼女の聴覚は或る音を捉えた。どちらの方角からか知った事じゃないが、バンバンパンパンと耳がつん裂くような爆裂音があたり一面に響いている。なるほど、ね、浴衣、うなじに団扇。研究棟を一歩でも外に出れば花火の見物客に揉まに揉まれて、通勤快速さながらの行列にぶつかる訳で、仕方なく、棟前の非常階段近くに設けられたほとんど腐って馬鹿になった木製ベンチに腰掛けて、ぼんやりと門の外の行列に目を向けた。ほんのりと、彼女に得体の知れぬ生ぬるい、湿り気のある優越感が、背中を這うのを感じた。あの、浴衣うなじは、あっちの浴衣うなじも、向こうのも、ね、蝉の味は知らんだろう、と。あのうなじが蝉を鷲掴みにして、口に放りこむことは到底、考えられんことで、なぜならそれは、蝉の味、味覚にたいする定規をあのうなじ達はなんら持たん訳で、なんなら何も知らずに蝉そのものを不味いものと考える訳である。そりゃ、仕方ない訳で、うなじがうなじたらしめるのは、花火を観たいが為に、あの夏の夜空に映し出される極彩色の煌きを眺めたいがために、あの行列に身を投じてる、至極真っ当、でごわす。浴衣うなじ達は特に意識することなく、欲求に駆られて行列に投じ花火をみる訳で、特に意識することなく、欲求というあの駆動力によって蝉を喰らうというのは、無理な話である。浴衣うなじは、思考と行動とがタコ糸のように真っ直ぐで、直線的に連動する。わたくしは、目の前にただ、蝉があって、なんとなく、蝉を食ったのである。わたしも蝉は勿論、触れただけでも、気色悪いと感ずるのに。ね。