研究棟一階広間
その一番奥の通路近くにそのトイレは鎮座する…
私は研究棟の広間から繋がる細い通路を二回くねった
そこには特に何も無い、極平々な空間。左手に洗面台、右手に三つの小便器、左手奥に二つの個室。たったそれだけ
私の画角にその空間が収まると、刹那それが始まる
ガチャン、バーン、ドン
奴が左奥の個室から出てくる。わたしはこの人を"奴"と呼ぶ。多分同じ学科なのだろうか?ただ少なくとも同期ではない。友人が少ない私でも流石にその程度は分かった。
一度だったらいい。そもそも一度だったら"奴"とか愛称でもないが、そんな呼び方はしない。もう数回この光景に出喰わしている。まるで私がトイレのあの空間に足を踏み入れた瞬間、赤外線センサか何かが感知して出てきているかのように。
別にこいつがただの便秘とかで通っているだけで確率的に出会う可能性が高いというのも考えられた
しかし周りの人間に奴の特徴?らしきものを説明して聞いたところそんなん知らんという回答だった
ただある時、私が考えるに奴という人間は恐らく単一ではなかった。多分、奴の中身は複数なんだろう。そんな気がした
実際、すれ違うあの至近距離で奴の顔を直視したことは無かった。それは私が小心者ということも関係してると思う。全体のボンヤリとしたふやけそうた印象。それを幾度の経験、複数の奴から紡ぎ合わせて合成した像が私の中に存在する"奴"なのだろうか?
この化学系研究棟の普遍的な男の肉体に、私の脳が勝手に作り描き出した色を乗せただけのものであろう
恐ろしいことに脳みそは無意識に物語を作ってしまう。それは結構よく吟味しないと見抜けない
勿論、このお話も先程研究棟のトイレに立ち寄ったときに、生産された物(フィクション)であるが