山本の日記

その時起きたこと、考えた事を記録します

黒湯

私はその重い引き戸を何かを確かめるように、ゆっくりと丁寧に、引いた


外に出た。開いた扉は独りでに元の鞘に収まり気品のある音を…


その湿った包容力を備えた音。私が外界に足を踏み入れたという、そんな合図でもあった。足のつま先が磁器質のタイルから冷たさを感じ取ったかと思うと


冬朝の心地の良い光、眼下にはほんのりと香る檜の木枠、そこには湯が—その湯は煮こごりのように妖しく、黒く透き通り、湯面を優しく撫でるように、時には渦を巻きながら白霧が絶え間なく、躍動感を持って彷徨った


私はこの黒湯にひどく興奮した。それは、権威あるあの裸子植物に憧れる会の長、としてのところが大きかったかもしれない。それは私の恥部を晒す事なくこの土曜の朝を愉しめる、というこの界隈では月並みの考えではあったのだが…


肩まで湯に浸かる。私は水面の真上から黒湯のその深淵を覗き込んだが、私にはまだ救いようのある軽微な深淵に思えた


が、私は今だ深淵という深淵を覗いた試しがないことに気づいていた







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