お昼きゅうけい

私は休憩室で、気まづさを紛らわすかのように静かにカップ麺をすすっていた


休憩室、そこは隅に自販機と、やや大型のテレビが置かれていた。四角のテーブルが二つ、それぞれに四つの椅子が備え付けられていた。簡素だが温かみを感じる蛍光灯の光が、私のささやかな昼食、それに華を添えてくれた


私の横のテーブル、そこには「総料理長」が昼食を取っていた。その昼食は、綺麗な彩色の御膳だった。この突然、稀に現れる老人、それが総料理長という名誉ある称号を所持しているという事実を知ったのは、つい最近のことだった


恐らく、私だけが感じてるであろう鉛の様な空気感、それを取り除いてくれたのは私自身の行動だった。この行動の出処は、このお偉いさんに対する媚売りという類のものではなく、ただただ、その場凌ぎであったのは勿論である


「テレビをお付けしましょうか?」私は恐る恐るそれを尋ねた

「そうそう、さっきから付けうと思ってるんだが、ピコピコがないんだよ…」今にも消えそうな声でボソボソと、その総料理長は呟いた。その声は、シャボン玉のように繊細で、吐き出されると直ぐに破れてしまった


私は、ピコピコというのが何を指すかは理解できてはいたが、それが遠い異国の妖しげな、奇怪な響きの言語のように感じた。幸いにも私はリモコンの位置を前もって把握していた


「ここにあります」と一言、テレビの裏の隙間にあるそれを取った。


「休憩室」をよく利用するならば、これは一般教養かつ必修であったが、ホテル内の様々な店を包括的に支配する総、料理長は幸いと言っていいのか、その知識を持ち合わせていなかった


電源を付けると、休憩室が新たな、これまでになかった活気を帯びた。真っさらな空間、そこにお昼担当のニュースキャスターが一人。我々が生きる日常、それに全くもって縁も、興味もなさそうな整った美人が、淡々と原稿を読み上げた。


私は、電源を付ける前にある一つの問題を危惧していたが、全くその通りになった


キャスターは都政のホットな話題をちょうど報道していたところだった。私は、なるべく政治的な話題は極力避けて通りたいと考えていた。というのも、政治について疎いという自身に対する不信からと、地下二階の閉め切ったこの簡素な「休憩室」で総料理長と政治のあり方について熱い議論を交わすことについて、滑稽だという感情を少なからず抱いたからである


私は、彼がテレビの画面から目を逸らし、優美で可憐な御膳に目を移行し、右手ー箸を持つ手が、御膳の右端の麻婆豆腐に動こうとしたその刹那の、そのほんの初期段階を見逃さなかった


「ここの麻婆豆腐は逸品ですよね」

「私もそう思うよ」と一言、彼は慎重に箸で、今にも崩れそうな豆腐を掴み、ゆっくりと口に運んだ


その所作は、熟練の細工師のような繊細さと大胆さを同時に兼ね備えているようだった。ゆっくりと、今尚動く口元は、顎の上で明晰な頭脳を有する舌の細胞一つ一つが、綿密で厳格な体制のもと審判を下す手筈を整えているように思えた


「うん」総料理長は小さく頷いた


その頷きは、ことの了見の終わりを意味するのと同時に、何かを確かめるようだった


暫くして、明らかに分厚いレンズをぶら下げた、その老人がカップ麺と向き合う私に、ほとんど呟くように言った

「食は命をつくるからなぁ…」


その言葉は、殆どありきたりな栄養士が口にするそれと殆ど同じ目的を持って放たれたろうが……これほどに、これほどまでに私の内部で反芻し、力強く留まる言葉が…かつてあっただろうか