あるぞうすいしはんの癖

「てか、これはさ。この昨日の晩の残り。雑炊のなりそこないはアルミホイルの上に乗せて、その上に昨日買ったあれよ?冷蔵庫のチーズか何かをふんだんに振りかけてさ?オーブンで焼けばそりゃいいんじゃない?」

 

僕は親友のその提案に対して、賛成の意を表明するのためにパチンと空で指を鳴らして、中指と親指とが離れる瞬間に、右腕の肘から下を巧く連動させて綺麗なまーるい円弧を描いてそのまま素晴らしき名案の持ち主、天晴れ也。その彼に人差し指向けてから、にこりと愛想良くした。その時、雑炊師範は何かいつもより悲しげで憂鬱そうな視線を確かに、僕に送ったのである。

 

僕は一昨日だかのその情景を一人で回想しながら、ひんやり外をほっつき回っていた。暖房のむず痒い暑さと、加湿器の震える吐息と、あの空間での雑炊師範さまの妙案が浮かんだときの得意な表情を思い返していた。僕自身はその友人に対して、あの時確かに賛美を送った、そらゃそうである。一晩寝た雑炊。白骨化してもあの煮えたぎる若かりし時代の潤いを求め続け、遂には一日中うがいをしているあの阿呆で融通という言葉と無縁な水蒸気を撒き散らすしか能がない機械にまでにも、救いを乞うもあえなく失敗。そこに例の師範が現れて、奇跡を行いなさったという訳である。雑炊伝道師は以前から、度々奇跡を使っていて、例えば一週間くらい前には勿論こと一晩経った雑炊、それを丁寧に丁寧に餃子の皮に包んで、寄りを付けて皮を閉じて焼いて食った。味についてはあえて僕からは言及しないが、彼は確かに熱心に、不憫でかわいそうな雑炊達をお導きになっておられるのである。

 

広瀬川を望む橋の中腹に差し掛かると、僕は小さく溜息を吐いて上から、ぼんやり川の流るるのをみていた。外の側のえぐるような流れが大きな厚い岩盤にぶつかって、吸い込まれそうな渦を描いている。

また、一昨日のことを考えていた。大して面白くもない話を何度も思い返すのは、それこそ馬鹿だと僕は思った。僕が何か引っかかっているのは、まさに僕が彼の提案に対して賛意を表したあのとき、あの瞬間。パチン、そう、僕のあの自然に出た指、恐らくしなやかだろう肘から下の腕の動き。今になって冷静に考えてみると、あれは人と調子を合わせる時に時折みせる、雑炊師範本人の癖の一つだった。