ポンポコ夫婦

君と一緒にいると小説の中にいるみたいだ。たぬきうどんを啜りながらさっき妻にこんな事を言った。なに、とその嗅覚が何かを察知したのか明らかに妻は訝しんだ。なになに急に、だって、だってさ今の今まであんたさ、アンタのそのチンポジが左から真ん中ドストライクに移行しつつあって、で、その原因がどうせすぐ飽きるんだろうけど土日返上で馬鹿みたいに躍起になってやってるトレーニングによって然るべき場所、背筋、腹筋、広背筋、股関節あたりの大御所がむくりと覚醒して、寝る時の姿勢が完全な仰向けに強制されたからだみたいな力説してたよね?アンタさあわかる?チンポジが云々の話をしてた人がね、唐突に、あっけらかんと夫婦の核心に迫りそうなさも意味有りげな事を口走ったらさ、驚くよね?しかもさ、そもそもね、FM市川で流れてる女子十二楽坊バックにたぬきうどん食べながらチンポジの話する?しかも、たぬきうどん食べてるんだったらね、そうね、例えば平成狸合戦ポンポコとか、あ、違う、ポンポコ作ったあの高畑勲監督のそのアニメ製作に対する想いとかさ、そういうのを語りながら、ね、アニメ表現を果てし無く追求し続けた彼の想いと一緒に、わたしはこのおうどんを美味しくいただきたい訳。と箸を止めた妻の主張は多分そんなところだろう。こうなってしまっては、妻のその眼を見てわるかった、わるかったとよ素直に謝罪せねばならないわけで、ただ言われっ放しは少々癪に触るのでぼそっと聞こえぬ程度に反論しておくと、毎週日曜日昼に我々は決まってたぬきうどんを食うわけで、平成狸合戦ポンポコの話はとうの二、三週間前に我々夫婦の議題として既に卓上に上がっており、狸合戦ポンポコからあらぬ方面に我々の会話は飛び火していき、詰まる所、行き着く先は何時もチンポジで、それが我々の知性の限界、到達点であるように感じたという具合である。だから、わたしは密かにというか、こういう与太話に蹴りをつけるべく画策した結果として口から出てきたのが、我々夫婦の新たな議題となっている冒頭のあの言葉である。でさ、と妻は口を開いた。明らかな嘲笑を含んで。で、あれ、なんだっけ小説だっけ?なに、あんたじゃあこの今までの私たちのやりとりにさぁ、ブンガクテキな要素って言えばいいのかね、そういうの感じてるわけ?卓上に転がるボールペンを持ってカチカチ鳴らしながら、内心というか、わたしは歓喜した。ブンガクテキ、うふふむふふ。文学の意味するとこなんか知ったこっちゃないが、未知なる得体の知れなぬ響きを含むこの言葉は、我々夫婦の週末を何処に誘うのだろうか?わたしは無意識に股間のほうに手を持っていきながら、その楽しい終末を想ったのであった。