定時上がりを、爆速でかける

ガソリンスタンドの薫りがもはや神域に達しているという意気がしたときに、ふと意味もなく秋の空を仰ぐ。と飛行機雲がとっても鋭いスコップのよう地面に突き刺さっているように、わたしは見た。でも冷静に考えればこの世は平べったくなくて奥行きがあるからあの一線は、飛行体はそんな急降下してる訳ではなくて、という思考が後からわたしをすっと追い越していった。

わたしは駅に向かうバスに飛び乗ろうと、ただひたすら走る。私が目指す一点、この停車場は、生きがいセンターという市営の施設に併設されており定時付近のこの時間帯にして生きがい帰りのご高齢人でごった返していると思いきや、三十前後のひとりの若人、恐らく近所のメーカー社員。それが何処かしらの虚空を凝視している。虚空、といってもそこまで一切の虚しさを抱え込んだ空間という訳でもない。その視線の先には丸眼鏡の坊主頭の野球青年。いわゆる高校球児。ワイシャツの襟が不自然にひしゃげて八分咲きの薔薇のようにさえみえる。

この男が球児を見つめてその結果を何を思おうか、虚空には何があったか?私には到底検討が付かないが、あの野球坊主頭に飛行機雲のスコップが突き刺さった格好になっている角度を眺めてこの男は享楽にふけっているかもわからんし、若干伸びてしまった坊主に夏の終わりを感じる風情、情緒を持て余していて生きがいセンターの入り口の前あたりでぶちまけてしまったのかもしれないし、そもそも、この野球少年なぞ元々眼中にないのかもしれん。ただ、この男が見つめていた虚空の先の大本命は、バス停に向かってメロスばりに爆走する針金、それを想起させるひとりの男かもしれない。