Part3

 遠くから、足音が迫ったーその音は次第に大きくなり、自身の体の規則的な揺らぎと相まって、不気味な様相を奏でた。

 

彼は意識的に目を開いた、が目に飛び込んできたのは暗黒。窓から入り込む薄く、細い月明かりが長椅子の端にある鉄製の手すりに反射し、やっとのこと彼の網膜に到達した。その光はあまりにも頼りなく、ただ、彼を不安にさせる以外の効力は持たなかった。そればかりか例の足音はもう、ほんの近くに来ているのは確実だった。

 

無意識のうちに、立ち上がるとその足音の来る方向と逆、ちょうど反対方向に向かって、小さく小走りに進んでいた。

 

隣の車両に渡るドアに手をかけたとき、車内に声が響いた

 

「お客様どう致しましたか?」

 

若手の駅員だろうか?その言葉が引き戸に手をかけた彼の背中に、見事に突き刺さった。彼は何から逃げていたのだろうか、それは自身にも理解できなかった

 

ゆっくりと後ろを向き、声の方、その人の輪郭に向かって口を開いた

 

「誤って、回送電車に乗り込んでしまいました。わたしはどうしたらよいでしょうか?

 

「どちらにお向かいでしょうか」

駅員はゆっくりと言った。

 

「わたしは、西船橋でいつもの各停に乗って家に帰るつもりでした・・・それだけです

各停を待っていて寒かったので、反対に止まっていた回送で暖をとって待っていたら、つい、おちおち寝てしまったんです」

 

「この回送は車両センターに向かっているので、到着し次第、タクシーなどでご帰宅ください」

丁寧な、少し背の高い駅員は少し頭を下げ、横を通り過ぎていった。

 

彼は、立ったまま手すりを掴み、外を見ていた。外は疎らな光が灯り、下には帰宅途中のサラリーマンが最後の力を振り絞り、歩を進めていた。町は一日を終え、ゆっくりと、静かにその瞼を下そうとしているかのようだった。

 

車両センター、その言葉にはあまり聞き覚えがなかった。それが何処に存在し、家までどの程度の物理的距離なのか。そもそも、金もなかった。それでも、この列車は夜闇の中を確かに、進んでいた。彼は思い出していた、あの焦燥感を。そう、焦りを