1/f説法

わたしは赤髪になった。

だからといってどうなるでもないし、ほんとになんもないんけど青髪から赤髪になった。美容師に赤髪にするよう告げると鬼滅かぁ!といった。それでわたしは一旦置いて竈門炭治郎は赤髪だったことを思い出した。頭の回転が著しく鈍い。竈門炭治郎、赤髪のシャンクス、赤毛のアンジークフリード・キルヒアイス、これらの名だたる錚々たる面子にわたしが名を連ねることになるだろうとは到底おもわない。烏滸がましいにも程がある。わたしはアンのように虐めてきた相手の頭をそこいらの石でかち割ろうとする獰猛さもないし誇示すべきものもなければ、護りたいアイデンティティたるも持ち合わせておらない。うる覚えですまぬがシャンクスのように他人にやる麦わら帽を常備しておらず、竈門炭治郎のごとく筒を咥えた親愛なるカワイイ妹もおらずそれどころか鼻息の荒い万年南北朝時代菊地氏オタクの小太りの兄しか存在しないし、ジークフリード・キルヒアイスのように頭のキレるカリスマ皇帝の右腕でもない。

赤髪にチェンジしたあと新宿のスタバにきた。テラス席に座った。そうしたらこのテラス席からスタバの客は消えてくれとお叱りを受けてスタバの店内の仕切りの効いたボッチ席に舞い戻った。

てかさぁもういわないけどさぁ、隣の女は彼氏らしき男に言った。この女曰くノーカンだと後に言った。男は要するに説教を食らっていた。彼氏はうん、うん、と定期的に頷く。わたしは1/fの揺らぎを感じた。うん、うん。うんうん。うんん。心地良いリズムだ。焚き火がわたしの瞼の裏にちらつく。眠くなってきた。買ってきた佐川恭一の小説はまじでおもろいが集中できない。

かおるんさぁ、で?結局何がいいたいんの?バイト紹介されて辞めづらいのはわかるよ?うん。わたしだって紹介で入ったし、でもさ。うん。かおるんはそうだって言ってるけどわたしはそう思ってるわけ。わたしがそう思った時点でもうだめなわけ。うん。だってかおるん、わざとじゃなくても人殺したらだめでしょ?そういうこと、わかるよね。うん。いま免停なんでしょ?うん。かおるんの価値観はなめくさってるよね、社会を、ほんとに。わたしほど意識高くしろとはいわないけどさぁ、かおるんは裕福な家庭に生まれて親の脛かじって、もうそうじゃなくて。うん。わかる?あたしのいいたこと?

私はこの男の存在を肯定はしないが同情だけはした。わかる。めちゃくちゃ同じ種類の人間な香りがする。うん、しか言えない。ことばが出てこない。生に意志を持ねぬ者。特に赤髪にしたい理由もないが、わたしは赤髪になった、うん。この女はサルト・デル・パストールは嫌いだろう。だっさ。と舌打ちして一蹴するだろう。なぜならばこの女がサルト・デル・パストールをする意味がない。メリットがないからである。かおるんあたま沸いてるん?、と。それで終わるであろう。

ただ問題はかおるんがサルト・デル・パストールをやろうと提案しない。そのことにある。男として甲斐性がない。無能である。何故提案しないのか?彼はサルト・デル・パストールを知らないからである。恐らく、かおるんは羊飼いの跳躍を知らない。べつに無知は一向に悪いことではない。こればかり仕方がない。わたしもつい先日まで知るわけもなかった。

一方でかおるんがサルト・デル・パストールを既知だったとして、かおるんは女をサルト・デル・パストールに誘わないだろう。そんな気がする。彼は腑抜けである。

サルト・デル・パストールを知らぬ読者の方はほんとうに申し訳ない、そう思う。これを知らずして読了した者はわたしが最も好む無能である。