名古屋の栄生というところに用事があったので車ででてきた。
名古屋駅のちょっと手前の交差点。巨大な歩道橋が四点を渡しあっている。
その歩道橋を無謀にもシティーサイクルで這い上ろうと企む猛者がここに、この酷暑の最中現れた。
彼は果敢にも歩道橋の階段と階段の間のスロープ、本来ならば自転車をそのスロープに乗せて自転車を押しながら歩いて階段を登っていくだろうことを考えて設計されたアレに果敢にも攻め入った。
私はちょうど赤信号の停車中。涼み過ぎて鳥肌が立つくらいの車内で、はじめは何の気なしにその光景をみていた。
コンビニ行きのラフな格好の男は颯爽と歩道橋の入り口付近に自転車で現れたが、減速する感じが一向、なかった。歳はたぶん30手前。ヒアルロン酸は目減りしつつあるものの、シームレスムーヴを極めし漢と言った感じで、滑らかに歩道橋の鬼畜たる斜度に吸い込まれた。この男慣れている。初めてじゃない。かなりの手練れ、玄人。違いない。
吸い込まれるだろうなぁとぼんやりみていたらホントにそのままで、自転車ごと見事なまでに突っ込んだ。
そこから私は運転どころではなく彼を意識的に観察し始めた。
いけっええええあああ。なんか声が出そうになった。数年前の有馬記念を彷彿させる体から浮かび上がる何かを、目の前で繰り広げるられる日常と写し絵のように重ねたことは一種認めざるを得ない事実として健在した。
オルフェーブル。
コンビニ=ラフ・男。
歩道橋の入り口。前輪が急峻な勾配に差し掛かって程なく、わたしの脳内瞬間オッズは最大になった。
ふぉ、フォームがダンシングに、なっただと?
男は全体重を右足に込めた。込めている。完全に預けた。ただしザ・ワールド。時が止まっている。美しいほどにバランスは保たれている。両足はしっかりペダルの上。冷静に彼が時間を止めている訳ではどうやら無さそう。信号は青に変わった。
わたしはもう発車せねばならない。後方に迷惑になるから。
私はやむなく止まった時の世界の最中、ブレーキから足を離した。刹那、バックミラーに映し出された最期の彼の勇姿は依然、静止を極めた。