プロポーズ

土曜日ということもあって図書館にきた。こんなラフな格好できたことを恥じた。休みの日にいく図書館なんてラフでいいだろと真っ当な意見をいただけるのはありがたいのだが、今日に限ってはデラックスコースでクリーニングしたスーツで身を固めてもやり過ぎということにはならないはずだし、薔薇100本くらいは小脇に携えていってもなにも不思議なことではあるまい。

私は思想系のやや癖強めのコーナーに、図書館入口から奥口に追いやられた明らかな僻地、本棚にその足取りを迷いなく進めた。迷いがないのには、目的が十分にあったからで、目当ての書物がある程度は決まっていたのである。

 

インド哲学。私はこの名前からして明らかに開けっぴろげな魔境のごときこの学問分野に、開き直ったかのような怪しさに密かに憧れを抱いていた。それはいつ頃かは具体的には思い出せないが、工学部に在籍していたころからずっとだと記憶している。ただ、私がこれらの類の本に触れようとすると、何か見えない障壁が押し戻すのが分かるのだ。お前には早過ぎるのだと、ほかの誰でもないインド哲学自身が私の内側に入り込みそう語りかけてダークサイドに堕ちることもなくそのまま無事に卒業させてくれたのである。

現在の私がこれに触れようとするならば、いかなる反応を示すのか?ということについて正直未知だった。自信はあったが、まだバッチが全部揃ってないので当事務リーダーとは一線交えるのは無理ですねお引き取り下さいとお断りを受けるかもしれない。その覚悟もそれなりにしてきてはいた。

これは、10年来の告白なのだ。貴女のことがずっと好きで貴女のことを忘れたことは方時もないとは言えませんが、それでもこうしてまた貴女の前に戻ってきたのです。どうか、私のこの一途な好意を受け取っていただけないでしょうか?カントもみました。ヘーゲルも結局よくわかりませんがやりました。フランス現代思想も何のことかさっぱりですが勉強しました。脱構築もたくさんしました。では、失礼しますと、私はインド哲学の書物にむかってにゅるり右手を伸ばした。

掴めなかった。手応えがないのは何故だろう。掴めないのは何故だろう。それは、何か聞き覚えのある声が、いや声というより泣いているのか?何か強く存在がわたしの内にこだまするのが分かる。娘が泣いていた。娘よ、気持ちは分かるインド哲学なんてやってないであたしと遊んでくれと、そうかそうだよな....すまんな娘よ憐れな父親で、原書にはせずに新書にするから許してくれ。わたしは、とうとうつかんだ。