Part1

どこからか吹き付ける冷たい風。その風の吹き付ける方角からは、人工的な光が溶け込んだ冷え切った夜空の黒、その奥に小さく月が浮かんでいた。

 

彼は、西船橋のホームにいた。そのホームはエスカレータで少し上がったところに真っ直ぐに横たえており、まばらな人が列車を待った。スマートフォンを弄る彼の前を特急列車が颯爽と、通過していく。それはほんの日常の中の一幕に過ぎない、見慣れたような、しかしそれを意識的にとらえることはある種の、新鮮味を彼自身に与えた。

 

ふと、頭上の電光掲示板を見上げた。

 

20時15分 府中本町行

20時17分 回送列車

 

電光掲示板から目を下し、流れるように現在の時刻を確認した。20時10分。あと五分ばかりこの上で待たなければならなかった。彼は憂鬱そうな目でもう一度、掲示板を見返したりした。

 

彼が立っている背後の三番線、ちょうどそこに17分発の回送列車が滑り込んで来るや、その口を、ゆっくりと開いたのだった…

往来

特別、研究室にいく理由はなかった。そう


渋谷という街は、あらためて、考えてみるまでもなく好きではなかった。であれば、どういう訳で好きでもない街にいるのか。逆に私の愛する街、それが仮に存在して、そこにわざわざ腰を下ろす決意を早々にはしないだろうということを考えると、そこはさして問題では無いのかもしれない。この街は急峻な坂、永い永い山手線と埼京線の連絡通路、人塊、人と人と、人。そして人だった。私はそれを確実に求めていた。小社会から小走りで逃げてきたかと思うと、スクランブルに寝そべる巨大な暖炉の前で、少し腰を屈め、両脚をわざとらしく軽く震わせた。冷たい手をさすりながら…


私は、その両者を往き来した。常に人の温かみを体のどこかで感じていたい。それは同じであった。小さな社会に居ながらしてでも、独りであろうと思うときも

なぁらぁうりぃんぐ

白衣を身にまとった、渋面の男は真っ白な紙にペンを素早く、ほとんどその表情を変えることなく、走らせた



narrow ring


と、


その完璧な迄に機能美という特徴を追求した陰茎の先端、それが描かれたスケッチからー長い横線を大雑把に引き、その言葉を添えたのだった



その白紙に浮かぶ、達筆で落ち着いた雰囲気を見せるnや、私を嘲笑うかのような愉快な口元を思わせるwをわたしはじっとみていた。すると、その文字達が白紙から独りでに起き上がり、その医師の完全な発音とともに私の耳へと届く、そんな気さえした



全てを打ち明け、白状した私は、比較的晴れやかな気分を持って緑ヶ丘駅前のこの小さなクリニックをあとにした

不死身

わたしのは、確かに足りていなかった。卒業要件取得数に


そう、確実に不足していた。事実として、ただ、私はそれを見て確認した後も至って冷静であった、いや、確かにそれは強情の飾りという感じはなかった


ただそれにはーこれまでの経験上から来る、暗い底に落ちていく私を、背後から支えてるくれるという存在を


終電の乗り換え。私一人だけ悠々と、怒涛の如く階段を駆け上がるスーツ姿の男達の中を、ゆったりと手すりに身を預け、登っていく。そういう不確かな安心感に何時も私は、無意識のうちに縋っていた


私が、この自宅の5階。ここから、このかわいい白いペンキの塗ってある柵をひょいと乗り越えて…私は死ぬのだろうか?そんな気が、実のところ起こらない。


教授に言われた、きみは甘い、ということばを思い出した

新事業

ここ最近僕は新たな事業に取り組見始めました


短い小話を幾つか、チマチマ描くのも楽しいものですが、少し長いものにもチャレンジしてみようぜという気分になって参りました


本当にただの気のしわざで、気が進んだという理由だけです。案外そういうものなのでしょうか?


一二年前の僕には、物を書く事という行為そのものが理解出来なかったです。ただ、割と今は当然の流れの如くというか…自分の中にいつも滞ってる世界というか、そういうものを言葉に起こすっていう作業は結構面白い事に気付いてしまったんです。自分の中の漠然とした定説とか、案外他人の常識には当てはまらないとかある気がしますし


書き上げたものも陽の目を浴びる事なく別にゴミなっても構いやしません。兎に角、この事業の最中にどんな掘り出し物があるか楽しみです。

黒湯

私はその重い引き戸を何かを確かめるように、ゆっくりと丁寧に、引いた


外に出た。開いた扉は独りでに元の鞘に収まり気品のある音を…


その湿った包容力を備えた音。私が外界に足を踏み入れたという、そんな合図でもあった。足のつま先が磁器質のタイルから冷たさを感じ取ったかと思うと


冬朝の心地の良い光、眼下にはほんのりと香る檜の木枠、そこには湯が—その湯は煮こごりのように妖しく、黒く透き通り、湯面を優しく撫でるように、時には渦を巻きながら白霧が絶え間なく、躍動感を持って彷徨った


私はこの黒湯にひどく興奮した。それは、権威あるあの裸子植物に憧れる会の長、としてのところが大きかったかもしれない。それは私の恥部を晒す事なくこの土曜の朝を愉しめる、というこの界隈では月並みの考えではあったのだが…


肩まで湯に浸かる。私は水面の真上から黒湯のその深淵を覗き込んだが、私にはまだ救いようのある軽微な深淵に思えた


が、私は今だ深淵という深淵を覗いた試しがないことに気づいていた







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信仰

腎臓をお揉みなさい、されど貴方は・・・

 

 

私は、半狂乱になって腰骨の上あたりを力いっぱい親指の腹で押した

 

そこには、指からは堅く繊細でキメの細かい筋肉繊維、そして表面の柔らかな脂肪を感じ取ることができた

 

 

「すみません・・こんな小さな物理的刺激が効くのですか。そもそも、彼に届いているのでしょうか?

 

名医は落ち着いたしゃべり口調で、

 

「勿論、効果はあります。脂肪という外壁にノックし続けるのです、内側の住民である彼にもノックの音は確かに、確実に聞こえるのです。とにかく、たたき続けること。いつか彼がそれに渋々ですが、応じる時が来ますから・・そうすれば、血液も何から何まですべてが改善されて貴方は健康体になり、疲れの蓄積されにくい身体になるでしょう」

 

 

私は家に帰るや早速、腎臓を揉み始めた。といっても、腎臓を揉んでるという感覚は皆無であったが、不思議とそんなことはどうでもいいことに思えたのだった。私が、その時感じていたのは、純粋な幸福感、この確固たる事実が私をほとんど支配し、最も重要な目的さえも鈍らせ、脆弱なものへと変化させてしまった

 

私は寝る前にも名医と会話をし、真新しい帯を付けたこの分厚い名医を、枕もとにそっと置き、何とも言えぬ新鮮な充実感を抱きながら、明日を迎えるのだった・・・

 

 

 

 

板の二人

板の二人が不仲で険悪なのは周知の事実だった


それだけならまだいい。この二人の関係性の特異なところといったら、或るコックの上司から二人の不仲に関する説教を受けてたという点だろうか


「おめぇら仲わりぃのはお客には関係ねぇよ。そんなんじゃ板は勤まんねえ、ムカつくんだよ、おめぇらが何も喋らねぇで。てめぇらそんな仕事できねぇぁだろ?あ?ふざけんな。兎に角、お客はおめぇらの都合なんかしらねぇよ。おめぇもこいつが気に入ねぇなら、面と向かって言ってやれよ、おめぇもだよ。おめぇもこの糞みたいな先輩に付いてけねぇなら仕事全部俺がやってやる位の気概をみせてみろや。もっと話合えやてめぇらでよ


この事件以降、周囲または本人達の間でさえ、暗黙の了解の元、水面下で活動していた両者の不仲が、現実の表舞台に堂々と踊り出るという結果になったのだった


しかし、この件はこの上司が思いもしない方向へと進行した


というのも、この事件を皮切りに、二人の不仲という関係が一種の安いコンテンツに成り下がってしまった。周囲から外力により


その後、この二人の関係は好転してしまった