2・25

昨日のUber eatsにやられた四肢を引きづりながらわたしは布団から生え出たけれど、お嫁様は隣で愉快なBGMを喉で打ち鳴らしておられる。この独唱を現世の語で表現するのは困難だが、がぅあうふぇうえー、みたいな感じかも。

8時半。プチ寝坊だ。

昨日は太腿が断裂する痛みに耐えつつかつピザハットの電動チャリに跨るオバチャン2人と激闘を繰り広げて満身創痍、名古屋から6時過ぎに帰宅した。

わたしは冷蔵庫の中身を割りかしスッキリさせたらスシローに行くという条約を締結していたのもあって、我々夫婦一行はスキップで田んぼの中央にあるスシローに急行した。

我々夫婦は4000円分食べてかなり腹がいっぱいになった。各界隈の凄腕シェフが放つ変化球的なネタには新しい物好きのお嫁様は基本目がない。いつもこの手の店に来るとこの4000の数字に落ち着くので我々のキャパは概ねそんなもんなのだろう。わたしがUber eatsなるで10ー18時で太腿爆弾を抱えながら名古屋で生み出したそれが2000円だったので、我々夫婦1人分のスシローに還元された訳だけれど。

そんなことより、久しぶりの肉体疲労は控えめにいって最高でしかない。気分障害によるなんたる垂れ歪んだように見えるそれよりも、ただ手足を動かしたくないとかそういう欲望は比較的真っ当だとわたしには感じられた。

 


本日のわたしがするべきことといえば味噌作りに他らならいのだが、大豆を昨晩のうちに一リットルの水に浸す必要があるらしく、満身創痍だったわたしは寝落ちしてしまったので、何だが幸先が悪いことこの上なく、やる気が一向に起こらない。

しかも味噌作りキットの説明書に目を通すと、発酵期間は六ヶ月とかできれば正直っすけど一年ぐらいオナシャス!!くらいのテンションで書かれているのでそんな大事業なのかと尻込みした。

 


昼になった頃に我々夫婦の喧嘩は勃発した。アスパラ卵とじうどんを作っているときにそれは起こった。

喧嘩というかそういう次元のものでもないけれど。お嫁様が朝からわたしの機嫌がまじで悪いからその理由を尋ねた。わたしは考えたが思い当たる節がなかったので、特にないとわたしが答えると、例の如くになった。最近この手のものが増えたのがやはり理由があるように思うのである。

二ヶ月前ほどにわたしは医者からそこそこ重いというか、決して軽くはない発達障害、なる診断を近所の医師から受けた。お嫁様もわたしもやっぱりそうじゃん!と言って、今までしでかしてきたわたしの行動の原因といて、それがひゅっと代入されて何だか妙に合点た気分になり、阿保夫婦は2人してガッテンボタンを高橋名人並みに連打したことと思う。

その時はとりあえずお薬飲んで欠陥が少しでも無くなるといいねとなってスタートした。薬はというと効いてるような気がするし効いていないような気もするしようわからん、賞味期限天城越え界隈を渡り歩き味の違いをいまいち掴めないレベルの鈍感なわたしがそうなるのは、当然といえば当然である。

一方、薬が効かないのは、効いてる実感がないのはワンチャン自分はそもそも発達障害じゃないんじゃね!?という大ドンデン返しミステリー並みの壮大な希望にかけたが、2割の患者は今のコンサータという薬が効かないから、あなたがその2割のマイノリティなのかもしれないねと医師からちょっと渋くてカッコいいボイスかつ選民思想的なノリで言われたが当のわたしは希望が立たれたような気がして、ちょっとげんなりした。

上記を要約するならば、わたし=発達障害 -①なる等式が客観的に認められたとういうだけの話である。

 


それが夫婦紛争の種火となるのはもう一つの方程式を恣意的にわたしが呼び出す点にある。それは、発達障害=先天的だしどうしようもなくね? -②である。こいつが悪名高い。

この②の式を持ち出すと、わたしにとって不利なわたしの全ての行動、これらが発達障害なるものによって正当化されることになってしまう。

禁止カードだ。控えめにいって強すぎる。お嫁様のあー言えばこういう力を持ってしても、何もできない。サレンダー...と呟くしかない。

だから生まれつきだろうが何だろうが、我々は障害・欠陥なるの大小に関わらず、乗り越えられるものとして扱わなければならない。そう思うニート生活一週間経過した人でした。