なれませんでした

29歳Kはやる気で満ち溢れていた。既にサンダルを脱ぎすて裸足になった。

 

天気は良好。岐阜の高地。強い日差しはあるものの涼しげな風が素足の上を通過する。赤色の塗装でポップな感じのコンクリート地面。2.3mおきに水が地面から垂直に、空に向かって噴き上がるポイントがいくつかある。周囲の子供たちはランダムに噴出する水に猛烈な速度でアタックをかけて、水が止まるとまた新たな噴出ポイント目掛けて全力で短い脚をばたつかせてはしゃいでいる。ということを際限なく繰り返すわけだが、常に新しい発見が起こるのでもないのに関わらず、何かこれを第三者が止めることは到底不可能であろうことくらいに子供達は真剣で、楽しそうだ。

その様子をベンチから眺めていると、Kは素直に幸福な気分に包まれた。あぁ我が子、我が娘はもちろん可愛いのだけれど、子供というものは、こうなんと無邪気で可愛い存在ではないかと。彼は日曜のこのしみじみとした浄土のような気分に微妙な翳りが見え始めたときには、29歳男性のKがこの遊びをしたと仮定したときに、何故、これを心の底から楽しめないのか?という問題が彼の前に立ち塞がっているようだった。

彼自身がこの水遊びをする前から、その遊びを心底楽しめない理由を探り始めていることからわかるように、子供達のような無邪気さを、大の大人が発揮するのは到底不可能だと条件反射で考えていたKであった。が、何かこの29歳は、己が童心に戻れないことを辛く思い、また、日頃会社で大人達の言動にノリきれず密かな反抗心を腹の底で燃やしていることを思い出さずにはいられなかった...。

あぁ俺は、俺は、と全力で裸足で赤色のあんなにも可愛いらしいあの聖域に、記念すべき一歩目を、童心を勝ち取るために、己を試すために、軽快に駆け出して行った。彼はオムツは取れていたし、背丈も2mまであとキュウリ一本に満たないまでに成熟したビックbabyだったためここで遊ぶ資格、法は十分に遵守していた。あとは彼が心の底から楽しむというあのエクスタシーに到達するかが争点になってくるわけだが。

Kはがむしゃらに、噴水に飛び込んだ。エリア北東の噴水に赴き顔を差し出して冷たさを感じたあああぁぁあああ、水の勢いは弱弱しいが直線的に鼻の穴に水が侵入しやたらとむせ返りながらも、背中越しに悲鳴歓声が混じったカオスな盛り上がりを感じたのでくるりと反転して、次の噴水ポイントに向かった。その噴水は直線的に吹き出すだけでなく、細かく水の動きが制御されておりリズミカルに強弱や幾重にも水の筋が分かれたり等、我々を愉しませる仕掛けがふんだんになされている。これは大人の仕業かと思いつつ今日だけは大人に乗っかってやろうと思い直すも、Kはその一連の運動を3回往復した後、水浸しの冷たいコンクリートに座り込んだ。彼は自分が飽き性であることを思い出した。