雨が降る。濡れた道路の上を、クルマが通過する音が聞こえてくる。
広々したデスクの手前に、ぽつんとノートPCが置かれている。画面上には黄色のフォルダのアイコンがまばらに並ぶ。
並んでるようかにみえる。
この画面に何らかのパターンを垣間見るとができる。フォルダを作るごとに新しい秩序、新しいルールが画面に現前化する。過去に作った秩序と激しく干渉しながら、消滅しつつもまた現れたりする。そんな移ろい。それは時代と共に明滅する帝国のように、栄枯盛衰を繰り返しながら現在を創り続ける。
そうして、この干渉がカオスを更新しながらWindowsのデスクトップ画面一帯を覆うようになると、脳みそに暗がりを背景にいつも浮かんでくるのは、漠然とわたしの精神の形のようなものであった。
人はそれをXXXX、と呼ぶ。クロスフォーと読むらしい。クロスフォー。もともとは精神病理学的な立場から名付けられた。これはダサカッコイイという部類だろうか?わたしは笑ってしまう。新型SUVみたいな名前をしている。やっぱりダサい。明らかに。
わたしはXXXXの資格を持っている。
こう表現する。しなければいけない。このことについては、割とセンシティブにわたしたちは言葉を運用するのが常である。
わたしはXXXX持ちであるとか、XXXXと診断された、とか、そのような表現は世間的には正しくないとされている。
世間的には、正しくないとされている。
XXXXは認定されたものだ。XXXXはひとつの属性だ。人間に与えられた多様な性質の中の一つだ。ここに資本主義的な優劣を際立たせる意図は一切ない。区別も区切りもなにもない。あくまでも、その種々の性質の凹凸なくフラットな平面が展開されているという、優しい条件のもと。
ここに、わたしたちの社会がある。
コーヒーを口元に運んでいると、PC画面の右下にポップアップがでてくる。原っぱから軽快に飛び出す兎のように。チャットアプリからの通知だ。
「〇〇さん、少しだけこの図面を修正してもらいたいんだけど」
「分かりました。とりあえずXXXXの検閲システムにつっこみます。」
「よろしくお願いします」
ブラウザでXXXX検閲システムにアクセスする。病院の予約システムほどにこざっぱりしたユーザインターフェイス。上司から来た依頼内容の文面をチャットアプリからコピペする。すると、異様な速度でその返答が文字として画面に刻まれていく。
----------
XXXX検閲*******
精神的安定→B
業務適正→C
業務積算精神負荷→C
不確定要素発生確率→60
納期緊張→C
運動動作/消耗→A
注意→C
・・・・・・・・・
総合判定→X
貴方が、この仕事をする価値はありません。
※この結果は既に依頼主に送信済みです。
XXXX検閲システム 2025/01/22/16:31
----------
検閲の結果は、自動で依頼主にメールで送信される仕組みになっている。ので、わたしがこれ以上することは特にない。明日までが期限の別の仕事に取り掛かる。これだけを、わたしら淡々とこなすだけな。
貴方が、この仕事をする価値はありません。
この言葉がいつも私を守ってくれる。この言葉以上の温もりを感じたことはない。業務、会議、飲み会、掃除当番、労働組合の集まり、これら全てしがらみから、私が超えられそうなものだけを摘み出して、それをうまく、上司に伝えてくれる。
わたしの手を介さず。
だから、これは私の意志ではない。客観的にシステムが判断してくれたことだ。XXXXの資格を持っているというのは、そういうことになる。
私がしなければならないのは、私の価値が出せること以外には、この世には存在しない。それは検閲システムが教えてくれることだ、私には私がわからない。何が得意なのかも、何が苦手なのかも。
何をするべきかも。