ちかごろの夜中、妻子を家に置き去りにして山岡家に行った私は、これからどうそれを償って生活を送ってゆけばよいのかに途方にくれた。

どこかの民家に押し入ってテレビをつけたものならば、刈谷市在住の細身眼鏡29SAI男が指名手配されておれば、わたしを捕まえてくれればいいと思う。喜んで両手首を差し出そうものである。

 

三歩先のファミマにいくのでも「念には念をでベビーカーを持っていく!!」という妻のあの用心深さに慣れてしまったせいか、わたしは多分ベビーカーを押して国道沿いを歩いていることと思われる。このベビーカーに塵ひとつ乗っていないことを確認するのは、たいそう恐ろしく、到底そんなことはできようもなく、わたしは山岡家で満たされた腹から漏れ出る胃液の掻き乱す音と車道をゆくトラクターの砂利を踏み鳴らす音をほんの意識的にきいて、ベビーカーのことを忘れることに、目いっぱい専念した。

 

少なくとも山岡家のサービス券は間接的に差し出そうと思う。この券は10枚ためると一杯無料で喰える一種のドラゴンボールで、これは妻と共有して貯めている我が家唯一の積立である。サービス券の溜まったアルミ缶に何事もなかったかのようにそっと納めようかとはじめは思ったが山岡家の行き過ぎたホスピタリティが西暦、月日、日時までも記載している始末であり、わたしはもうこれなら、いっそ自首して娘のオムツ入れに投獄された方が楽ではないかと考えなくもなかった。

 

四の五の言わずわたしは結局山岡家から家にそのまま直帰した。それから妻が夜中にかかわらず起きていたので、白状してサービス券を差し出したが、妻はそんなに怒っておらず、替え玉はしたかどうかだけをわたしに尋ねた。山岡家には朝しか替え玉の制度はないと、わたしは愛するべき妻に教えてあげたのだった。