からあげクン藤井聡太味

イートインスペースが外にあるこのパン屋。平日昼からマダムたちがここで、うちの子の英語力がどうだとか、うるおぼえのふるさと納税についての知識を披露したりだとか、旦那がマジで家事しないだとか。そういったマダムたちの戯れが執り行われる会場になっている。

 

ー今日はメロンパンにしたけど。

ーーなんでメロンパンにしたんだけっけ?

ーなんでって、昨日がカレーパンだったからかな?

ーーん?それって、全然説明になってなくない?

ーそうなの?昨日カレーパンだったから、今日メロンパンなんだよ?

ーーそれってイメージ、干支?

ーなにそれ、ウケる

ーーウケるって、あんたの話してるんだけど。鼠の次って牛って決まってるでしょ。それと同じでカレーパンの後ろがメロンパンなのかなっていう推測。

ーそうね。概ね合ってるとおもう。でもイレギュラーがなくてつまらないよね。

ーーイ・レギュラーを求めてるの?

ーなにそれ韓流?求めてないけど、求めてないというと嘘になるかも

ーーじゃあちょっとは求めてるんだね。牛牛牛は?

ーそれはやりすぎかな。今年の牛次第では、来年も牛でいいかもってのはあるとおもうけど。さすがに牛ばっかだと飽きるから、やっぱ虎とか辰とかきてほしいね

ーーうーん。とにかく、あんたは去年がどっだったとか昨日何パン食べたか、とかがその日の選択に関わってくるんだね。

ーそうだよ。でも飽きとかあるし、普通じゃない?それって。

ーー純粋に好きなものを食べればいい気がするのだけど

ーどういう意味?

ーーいや、今のアンタの話を聞いてると、アンタは気分とか、飽きとかでコロコロ食べるものが移ろうって話だと思うんだけど、実際のアンタの気分ってそんなに変わるのかなって思うんだよね。好きなものってそんな突然変わらんと思うんだよね。その、アンタのその日の気分のブレぶれとやらで、メロンパンかカレーパンか?という天秤のふれ方するのか?と思うのよ。

ーうーん

ーーアンタは選択そのものに飽きているだけなんじゃないか。

ー選択そのもの?

ーーメロンパンを毎日食べ続けたとして、メロンパンは好きなんだけど、今日もメロンパンかってなるでしょ?

ーわかる気がする。逆に、それを自覚するときって、自分の選択に、選択そのものの飽きがトリガーなんだよね。あー私メロンパンばっかり気付いたら最近食べてる、みたいに感じるよね。同時にメロンパンわたし好きだなって思い知らされるわけ。

ーー選択ってのは、人間がやる判断のひとつだよね?

ー判断も沢山あるもんね。ふるさと納税も結局どこの返礼品にするか、なんも決めてないや..

ーー私たちは判断に覆われている。判断が迫られると簡単なものはその場で即決できるけど、中身がよく分からないものは後回しにしたり、そういうこともする。

ーいや、そんな大真面目に考えなくてもさぁ。メロンパンかカレーパンか?の話で言えば、大した話じゃないよね。

ーーいや、それが大した話だと、わたしは個人的に思うんだけど

ーほう。そのこころは?

ーー選択への飽きが駆動し始めるすると、自分を見失ってしまうのよ。

ーなにそれ。

ーー私は、ローソンによく行くんだけどさ。あれが好きなんだよ。からあげ君。で、からあげクンのホットが好きなんだけど。毎回ローソンに行くと、見たこともないどこぞの瀬戸内レモン味とかがしたり顔で鎮座してるわけよ。で、

ーうん

ーーそれは期間限定なんだけど、ここで私の中の[選択への飽き]が駆動するわけ。そう、迂闊にも瀬戸内レモンに心を奪われてしまう。レモンなんか一ミリも興味がないのに。そう、これが人間の弱さ。わたしは毎回無意識にからあげクンホットばっか頼んでるけど、確かに私はこれが自信をもって一番好きな味だと自分にガンガン言い聞かせてやるわけ、これでもかってくらい。でも、瀬戸内レモンへの誘惑には敵わない。

ー結局、瀬戸内レモン買ったの?

ーー買ってしまった。でもかわからんけど、首の皮一枚繋がってホットも買った。

ー二つ買ったの、お馬鹿さん。

ーーでも、私は消費者としては企業にとっていいお客さんだったけど、自分の本性に忠実にいることにはギリギリの寸前のところで踏みとどまったわけよ。

ーあんたはそういうとこ馬鹿だけどさ。何がそこまで自分に忠実でいたいと思わせるんだろうね。アンタのいう[選択への飽き]への駆動とかいうのと必死になって戦ってボロボロになっていい歳したおばさんがお腹も空いてないのにからあげクン二つ買ってまでして、護ったものって、なんなの?期間限定の誘惑に負けて、瀬戸内レモン味だけ食べたって可能性を広げることにはならない?

ーー可能性?そんなものないよ。瀬戸内レモン味は、食べなくても分かるよ。味が。想像できる。確実にホットはうまわってこないことぐらい。わたしは藤井聡太みたいに90手先は読めないけど。瀬戸内レモンの味は読めるわけ。食べなくても。

ーじゃあさ、からあげクン藤井聡太味ならどうなの?

ーーなにそれ。それはわからない。どんな味なんだろう。その場合、もはや「選択への飽き」のようなネガティブな感情が働くのではなくて、もっと積極的な好奇心がわたし全身を支配するような気がする。からあげクン藤井聡太味については、何も悪いことしてないどころか8冠おめでとうございますの藤井さんには本当に申し訳ない想いでいっぱいですが、ちょっとグロテスクな雰囲気すらするし、ねちょっとしてそう、なんだかね。

ーそうなると、あなたが問題にしてるのは、つまらない選択、についてよね?なんていうか、予測がある程度できてしまうような期間限定商品を形だけの新鮮さだけを動機にして購入してしまうという、という安易な行為そのものに対して、自分を失ったように感じるってことかしら?

ーー藤井聡太味ならば、私は、私の選択をしたという気分になるかもしれない。あなたがいう新鮮さだけに飛びついた鴨では少なくともない。少なくとも、自分を失ってはいないと思う。そう思う。